戦跡女子の見学記録

空襲直後を体感できる「旧日立航空機株式会社変電所」レポート

旧日立航空株式会社変電所(東京都東大和市)を内覧見学してきた!外側だけでなく内側にも機銃掃射を受けた形跡がしっかり残っている貴重な戦争遺跡を残そう

まるで戦時中から時が止まったままのような戦争遺跡があります。

しかも、東京都に。

ものものしい機銃掃射で襲われた姿は、空襲のすさまじさを物語っています。
現代の私たちが、リアルさを感じられる数少ない戦争遺跡。

ふだんは非公開ですが、月1回だけ中に入れます。
「え!この中に入れる日があるの!?」ということで、行ってきました。

東京都東大和市「旧日立航空機株式会社変電所」

外観

旧日立航空株式会社変電所(東京都東大和市)を内覧見学してきた!外側だけでなく内側にも機銃掃射を受けた形跡がしっかり残っている貴重な戦争遺跡を残そう

穴だらけの壁面が、受けた弾の数を示しています。

もし「空襲のとき中にいたら?」と思うと怖くてたまりませんね。

 

当日たまたま、スタッフさんの説明を聞けました。

旧日立航空株式会社変電所(東京都東大和市)を内覧見学してきた!外側だけでなく内側にも機銃掃射を受けた形跡がしっかり残っている貴重な戦争遺跡を残そうよく見ると、穴は2種類あります。

大きな円でえぐれているだけの穴

機銃掃射で襲われたときに、跳ね上がった石などが壁に当たったために出来たと考えられています。

まっすぐ細く壁を貫いている穴

上から狙われたなら、こんな風に水平には穴はあきません。
つまり低空飛行できる比較的小さい飛行機で、至近距離から襲われたと推測できます。

変電所への入館見学について

いつもは中には入れません。

毎月第2日曜だけ、中に入って見学できます。
予約は不要で、直接変電所に行くだけでOKです。

※最新の日程や詳細は、東大和市郷土博物館Webサイトよりご確認ください。
物販とDVD上映、変電所への募金箱がありました。
東大和市の他、大和・戦災変電所を保存する会の物販もあります。

内部1階:階段オモテ

旧日立航空株式会社変電所(東京都東大和市)を内覧見学してきた!外側だけでなく内側にも機銃掃射を受けた形跡がしっかり残っている貴重な戦争遺跡を残そう建物の保存の為、2階へ上がることは出来ません。
階段の手すりにも、弾が貫通した跡が残っています。

内部1階:階段ウラ

旧日立航空株式会社変電所(東京都東大和市)を内覧見学してきた!外側だけでなく内側にも機銃掃射を受けた形跡がしっかり残っている貴重な戦争遺跡を残そう階段のウラにも、えぐれた跡があります。
オモテよりも大きな円でえぐれているので、跳ねた石などが当たった跡かな?

「旧日立航空機株式会社変電所」ってどんな場所?

歴史は?

1930年代の後半、多摩地域には、飛行機工場が密集していました。
その飛行機工場でつくっているのは、戦争用の戦闘機です。

アメリカ軍は戦争用の武器をつくっている工場に、空襲をしかけます。
しかし東大和市民や旧日立航空機株式会社の人たちは、少しのんきにしていました。
近隣地区が空襲を受けているのに、東大和市には空襲がなかったからです。
「こちらにはやって来ないだろう」
そんな風に安心しきっていた中、ついに空襲を受けます。

1945(昭和20)年2月17日
1945(昭和20)年4月19日
1945(昭和20)年4月24日

この3回の空襲で、旧日立航空機株式会社は、工場施設80%を失いました。

なぜ空襲を受けたままの姿で残っているか?

旧日立航空株式会社変電所(東京都東大和市)を内覧見学してきた!外側だけでなく内側にも機銃掃射を受けた形跡がしっかり残っている貴重な戦争遺跡を残そう3回目の空襲で壊滅してから4ヶ月後。
日本は終戦(敗戦)を迎えます。

終戦を迎えた後も、この変電所は使われ続けました。
この穴だらけ傷だらけのまま、38年。
なんと1993(平成5)年まで、現役稼働していたのです。

なぜこんなに長く稼動できたんでしょう?

 

戦前の建物、頑丈すぎるw

というのもありますが、他にも2つ理由があります。
空襲を受けた際に、

  • 狙われたのはあくまで工場だったこと
  • 変電所は工場(木造)と違い、コンクリート製だったこと

この2つの理由で、変電所は今なお当時の姿のまま建っています。

 

1993(平成5)年東京都は、稼働停止した変電所を取り壊そうとしました。
しかし東大和市民・関係者から、「歴史遺産として保存すべき」との声が上がったのです。
そこで管理が東大和市に引き継がれ、「東大和南公園」の一部として残されました。
1995年(平成7)年に東大和市指定文化財(史跡)に指定されました。

戦争遺跡を保存するにはお金がかかる

なぜ東京都は、この奇跡的に残った変電所を取り壊そうとしたのか?

それは建物を維持するのにに、莫大な費用がかかるからです。

世の中、お金・・・。

変電所保存のため、ふるさと納税を募っています

この変電所は、1995年(平成7)年に公開展示できるよう、改修工事を行いました。

  • 浮いてしまったコンクリートを接着する
  • 天井の雨漏り工事
  • 1階を展示スペースにするための内装工事

 

でも2018(平成30)年8月現在、再び2階部分はひどい雨漏りがするとのことです。

旧日立航空機株式会社変電所を保存・維持するためにいくらかかるのでしょう?

東大和市の寄付目標額は、2億円とのことです。

ふるさと納税で変電所保存の寄附を募っています。

ふるさとチョイス(東大和市・旧日立航空機株式会社変電所の保存等のために)よりクレジットカード決済が便利です!

希望すれば東大和市が作成したグッズがもらえます。

  • 戦争体験映像記録DVD(ダイジェスト版)
  • 当市の平和事業関連資料(寄附の翌年度以降)

 

2018/8/15付MBSニュースによると、他にも保存のために巨額の費用を投じている自治体がありました。

兵庫県加西市が整備する「鶉野飛行場跡」では、(中略)2015年から2020年までの5年間で、国の交付金も活用しながら約6億円を投じています。

 

東大和市には実際に取り壊れた戦争遺跡がある

旧日立航空株式会社変電所(東京都東大和市)を内覧見学してきた!外側だけでなく内側にも機銃掃射を受けた形跡がしっかり残っている貴重な戦争遺跡を残そう取り壊れた給水塔の一部が、変電所前に移設されています。

旧日立航空機株式会社が、東大和市に工場を建てる際、困ったことがありました。

「水をどこから確保するのか?」です。

地下を掘ってみたところ、水が出ることが分かったのです。

その地下水をくみ上げて、工場に運ぶための「給水塔」が建っていました。

 

 

給水塔は2000(平成12)年まで使用されていました。

変電所よりも長く使われていたんです。

しかし2001(平成13)年、給水塔はを取り壊されました。

給水塔の土地を所有していた西部電鉄が、塔の老朽化と安全確保を優先したためです。

このとき給水塔と土地の所有権を、東大和市に譲る話も出たそうです。

結局金額が折り合わず、決裂してしまいました。

 

「このようなことを繰り返さないでほしい、どうか保存してほしい」と思ったので、東大和市にふるさと納税しました。

旧日立航空機株式会社変電所のアクセス・交通手段

 

住所 東京都東大和市桜が丘2丁目106-2 都立東大和南公園
TEL 042-567-4800(東大和市郷土博物館宛)
FAX 042-567-4166(東大和市郷土博物館宛)
営業時間 外観の見学は24時間OK。

内覧は月1回(第2日曜の13:00〜16:00)のみ。

詳しくは東大和市郷土博物館Webサイトでご確認ください。

休業日 外観の見学は24時間OK。

内覧は上記指定の日以外できません。

Webサイト https://www.city.higashiyamato.lg.jp/index.cfm/34,72342,362,html
入館料 0円(お気持ちは募金orふるさと納税で)
交通手段 西武拝島線・多摩モノレール「玉川上水」駅より徒歩5分

JR中央線・JR青梅線・JR南武線・JR五日市線「立川」から

①立川バス 村山団地行き「玉川上水」下車 徒歩8分

または②西武バス南街行き「南街」下車 徒歩5分

駐車場 あり。33台
ふるさと納税 東大和市

 

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かがの
手取り17万一人暮らし / 2019年はポイ活&筋トレに注力 / 家計簿 / 賃貸DIY / 一人旅が好き