戦跡女子の見学記録

映画「沖縄スパイ戦史」で学ぶ 少年ゲリラ兵「護郷隊」と沖縄戦のB面について

ショックだった。

わたしは沖縄戦について、こんなに知らないんだ・・・と、ショックだった。

沖縄戦といえば、慶良間から始まり、本島は首里に上陸したアメリカ軍によって、南へと追いつめられる。
その印象が強かった。

旧海軍司令部壕、ひめゆりの塔、平和記念公園(摩文仁)など、有名な戦争関連施設も南部に多いせいもあったかも知れない。

私は沖縄戦における北部を考えたことがなかった、そのことがショックだった。

 

「沖縄スパイ戦史」概要

  • 北部の少年スパイ兵「護郷隊」
  • 波照間島の「戦争マラリア」
  • 「国土隊」など日本軍による住民の処刑
  • 現在の沖縄が抱える基地問題

公式サイト:http://www.spy-senshi.com/

 

映画「沖縄スパイ戦史」で学んだこと

 

①護郷隊の存在

護郷隊は、「地元沖縄に住む少年で構成された秘密の少年ゲリラ兵」であった。
その少年たちを指導したのは、村上治夫と岩波壽の両隊長だった。
この隊長と中隊は陸軍中野学校出身者であり、それ以下は地元の人間ばかりで、地区ごとに組織された。
入隊当時は幼い表情で、とてもまぶしい。
昔からの顔なじみ、幼なじみ、兄弟などいわば「身内」で組織された。

そんな身内が、戦闘の中で死んで行く。
本作では、身体が半分になったり、臓物が流れ出た遺体の映像が使われていた。
過酷な環境で、少年は兵士と成り、人を欺くことを覚える。

また少年たちは、裏切りや処刑に出会うことになった。
ただの友人であれば寄り添えた相手も、敵が追ってくる戦場では「足手まとい」と切り捨てられた例もあった。

陸軍中野学校の「国内遊撃戦の参考」にはゲリラ戦やスパイ活動のために、住民を利用するよう記されていた。

  • 現地住民を活用すること
  • 住民と一心同体でスパイ活動を行うこと
  • 動向や脱落したかどうかも把握すること
  • 情報戦においても使うこと

 

②ムラ社会の闇が暴力と化す

日本軍によって、沖縄県民がスパイ容疑で処刑された例があることは知っていた。
本作で、住民による密告がきっかけになったことを学んだ。
日本軍のほとんどは、他県出身者でありヨソ者だ。スパイかどうかを見分ける術はない。現地の方言すら聞き取れないであろう。
となれば、地元住民の話を総合して判断するしかない。

当時「国土隊」という住民同士の監視&密告システムが構築されていた。
元々コミュニティが狭いムラ社会に、日本軍という圧倒的な暴力性が加わった。
スパイ容疑をかけるのは簡単だが、スパイでないことを証明するのは困難だ。

戦後になっても、近所に住んでいるもの同士だから処刑した人間のことを問いつめることができない。
閉鎖的なムラ社会だからこそ、ずっとその沈黙を維持できたし、維持しなければムラからはみ出す。

お互いに監視し合い、密告し合い、結果的に殺し合う。\r\n今の殺伐とした余裕のない日本によく似ている。

③波照間島の戦争マラリア

波照間島では戦闘で死んだ住民はいない。
しかし強制的にマラリア有病地・西表島に移住させられたことでマラリア地獄に陥る。

その地獄は、1人の陸軍中野学校出身の軍人・山下虎雄(酒井清)によって合理的に作られた。

「戦闘から住民を隔離するため」ではなく、「住民の家畜を日本軍の食糧にするため」ではないか?とも言われている。
全体の為に少数を犠牲にしてもよいという理屈は、常にある。

だが、それは犠牲にしないよう最大限試行錯誤してやむを得ない場合だけだ。
無理に犠牲にする必要はない。

陸軍中野学校出身者について

本作には、3名の出身者が登場する。
確かフィリピン・ルバング島から帰国した小野田寛郎少尉も、陸軍中野学校出身ですね。

  • 村上治夫
  • 岩波壽
  • 山下虎雄(酒井清)

 

本作では3人とも、沖縄戦で地元人を使い、利用して、ときに処刑し、犠牲にしたとんでもない軍人のように描かれている。
村上・岩波両名は戦後も沖縄を訪れ、サクラを贈り、元部下の就職の世話をするなど報いた。
しかし本作ではそれについて嫌み・皮肉を込めた表現がされていたように感じた。

 

私はたまたまパンフレットを購入したので、村上・岩波両名への誤解が解けた。
彼らは学校を卒業してすぐ22歳で、護郷隊隊長として、少年たちを率いた。
今の22歳よりはしっかりしていただろうが、学校を卒業してすぐの大仕事。
上手く経ち振る舞えるわけがない。
実戦経験の少ないであろう若き軍人は、人知れず苦悩していたようだ。

 

パンフレットを買わなかったら、一生気づかなかったかも。
お買い得な700円でした。

 

一方、山下虎雄こと酒井清については、清々しいほどのクソ軍人であることが説明されている。
戦後も謝罪の言葉を一切残していないそうだ。
「軍人として、そのときの立場で、最大限できることをやった」という認識なのだろう。
彼には苦悩があったのか?なかったのか?それすら計れない。

「沖縄スパイ戦史」を見て考えたこと

\r\n沖縄スパイ戦史@第七芸術劇場沖縄戦すべてに共通なのが、「日本の民間人を巻き添えにした」ことである。

そして沖縄では、「沖縄戦」は終わっていない。
「国内遊撃戦の参考」や「国土隊」が、「野外令」「自衛隊法」となって亡霊のように付き纏っている。
沖縄の人々にとって、日本国・日本軍=守ってくれなかった存在として記憶されている。
守ってくれないのに、常に付き纏われる。
その違和感こそ、本土の人間が学ぶべきものだろう。

「基地があると危険だから反対」だけではないのだ、きっと。

ABOUT ME
かがの
手取り17万一人暮らし / 2019年はポイ活&筋トレに注力 / 家計簿 / 賃貸DIY / 一人旅が好き